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「実典(さねのり)」<後編> [一次創作]

 この作品は、すぴばるメンバー冊子「Under the Sky - すぴわ -」に掲載して頂いた、一次創作小説です。本作品に登場する、実在の地名、人物とは一切関係はありません。あくまでフィクション小説として、お楽しみ下さい。
 尚、「実典(さねのり)」には<前編><中編>がございますので、まだお読みでない方は、先にそちらからお読み下さい。

「実典」後編.jpg

※お持ち帰りはご遠慮下さい。

<「実典(さねのり)」<後編>の登場人物>
 樋口杏奈(ひぐち あんな)♀…18歳。クラスメイトの優翔に片思いしていたが、
                    失恋。亡霊である実典が気になり始め……
 大内優翔(ゆうと)♂…18歳。杏奈のクラスメイトで長身のハンサム。
               別の男の影がちらすく杏奈を、気にし始める
 日野有沙(ありさ)♀…18歳。杏奈のクラスメイト。クラスのアイドル的存在。
               クラスで人気のある優翔を杏奈から横取りした
 
 加藤実典(さねのり)♂…没年当時、満二十三歳だった若武者。
                豊臣秀次家臣の部下であった主に仕えていた



『実典(さねのり)』<後編>



「実典、囲まれる前に、わしは武士らしく腹を切る」
 秀次が切腹し、かねてから秀次擁護の意を公にしていた主は、仕えていた秀次家臣が連座を免れたと聞いて、すぐさま彼に謀反を起こした。だが、これは誠の謀反ではなく、己との離別を秀吉に表すべく、実典の主がわざと起こした騒ぎだった。そうでもしなければ、秀次寄りの者を庇っている、と折角切腹を免れた主君が処刑されかねなかったのだ。恩を仇で返すわけには参らぬ、と主君を思った実典の主は、身内とも縁を切ってそのまま出奔。それに倣った実典も、家族と別れを告げて主に付き従い、東へと走っていた。
「殿……しかし、追っ手はすぐそこまで迫っておりますれば、下手をすれば、御首級(みしるし)が辱(はずかし)めを受けまする」
「案ずるな、実典。追っ手も主を持った武士、切腹を凌辱することはせぬ。なれど、このまま山を進めば、野武士と追っ手の挟み撃ちとなろう。野武士に武士道は期待出来ぬぞ」
「殿……今生の……別れにございますか」
 跪いた実典の頬を、幾筋もの汗にまみれて涙が伝う。情けない面だ、そう言われても文句は言えなかったが、主は一言、さらばだ、と告げると、近くのせせらぎへと姿を消した。

 それから直ぐに追っ手が来た。共に時を稼ぐことを仰せつかった仲間と共に刀を抜き、
「我が主の切腹を穢さんが為、この加藤次郎丸実典がここでお相手仕(つかまつ)る! これより先は何人(なんぴと)たりともお通しすること罷(まか)りならん!」
 獣のような咆哮を上げて、数に勝る敵に斬り込んで行った。
 四半時もせず、最初の追っ手を全て斬り伏せたものの、味方の数も随分と減り、実典は刀を杖代わりにしなければ立てないほど、瀕死の重傷を負っていた。次の追っ手もじきにここへやって来るだろう。しかし、もう実典が戦えないことは、誰の目にも明らかだった。
 仲間の肩を借りて、何とかせせらぎの近くまで来ると、主の亡骸があった。
 主に名誉の死を遂げさせる。その役割を与えられていた実典は、そこで漸く、己が主命を全う出来たことを知り、声を上げて泣いた。その脇で、介錯をした者が、切り取った御首級を風呂敷に包み、胴を葬る塚をこさえていた。これから、落ち延びられるだけ落ち延び、出来れば主の先祖の墓がある駿府に、この首を届けるのだと言う。まだ戦える仲間も、当然それに従うことになったが、実典の体は、もはや強行軍には耐えられなかった。
「拙者は、ここで殿の御塚をお守りし、次なる追っ手から、時を稼ぎまする」
 瀕死の者が二人、三人と残っても、それほど意味のあることではなかった。だが、走れる仲間の足手纏いになるのは、実典の矜持が許さない。その意を汲んだ仲間は、分かったと、言って実典らを残し、主の塚を後にして駿府へと向かった。

「それで……どうなったんですか? まさか……追っ手に、殺されちゃったんですか?」
 そう尋ねつつも、既に杏奈はぼろぼろと大粒の涙を零していた。結末など、分かりきっていることだった。彼が今も、主の塚があったこの場所に残っているのが、その証拠だ。
「逃げて……欲しかったです……ごめんなさい」
 武士である彼に逃げろなど、そんな不名誉なことを勧めても、怒られるだろうと思った。しかし実典は意外にも、気を悪くした風はなく、肩越しに櫛を返すと困ったように笑った。
 ── いや。それより、昨日そなたは申したな。守りたいからここにいるのだろう、と。
 次から次へと零れ落ちる涙に、杏奈はティッシュに手を伸ばして、はい、と答える。
 ── だがな、実際はどうなのか、拙者自身も分からなくなっていることに気付いた。
「分からない? でも、強い意志が無ければ、魂はこんな長い時間残ったりしないんじゃ」
 ── 初めは誠の強い意志があった。なれど時が経つにつれ、違う理由に気付いたのよ。
 実典は男子でありながら生まれた家を出、己の入るべき墓があったにも関わらず、それを捨てた。それなのに実典は、生まれた家の名を背負ったまま、道半ばで命を落とした。
 しかし、実典の身内は彼の死を知らない。仲間は駿府へと逃れ、実典を殺した追っ手は彼の死体を捨て置き、そのまま仲間を追った。実典の最期を報せる者など、いない。
 ── 拙者の家族は、随分長いこと、拙者が何処かで生きておると信じていたようでな。
 故に、実典は誰にも弔われなかった。そしてやがて、実典の家族もまた天寿を全うした。
「じゃぁ……あなたが仕えた人の首が、無事静岡のお墓に入ったのであれば、ここは……」
 ── ここは拙者の墓ということだ。つまり拙者は弔いを待つ、迷い霊ということよ。
 自嘲気味に笑う実典は、これまで何度かこのホテルに、悪霊駆除の除霊師を呼ばれて経を上げられたことがあったのだという。しかし、誰も彼もインチキばかりで、何より己を悪霊と思っていなかった実典は、どうしても成仏することが出来なかった。
 ── それで、だ。そなたに頼みがある。拙者を……拙者の魂を、慰めてはくれぬか。
「……慰めるって……でも私、ちゃんとした弔いなんて、したことないし……」
 ── 経はいい。それより、してほしいことがあるのよ。

 照明を消し、カーテンを閉めると、聞こえるのは微かに届く、外の喧騒のみだった。その雰囲気は、実典と初めて会った昨夜と似てはいたが、杏奈は、昨夜よりも緊張していた。
 ── 案ずるな、何もせぬ。拙者とて、流石に亡霊の身で伽を強いるは、躊躇いがある。
 ホテルの浴衣に身を包み、ベッドで身を固くして布団に入っている杏奈に寄り添い、実典は彼女の耳元で苦笑する。彼が自分に何もしないだろうことなど、杏奈とて分かっていた。しかし、煌々と照明が点く中では、鏡越しでしか姿も見えず、触れることも出来なかった彼の体が、暗闇の中では何故か触れることが出来た。彼が着ている物も、先程見た和服ではなく、恐らくこれは、杏奈も着ているホテルの浴衣だと分かる。しかも、温かい。
 ── 何故(ゆえ)、泣いておるのよ。
 ベッドで若い男に抱き付くなど、はしたないと言われるだろうとは思った。でも、しがみ付いていなければ、彼が直ぐにでも消えてしまいそうで、杏奈は急に怖くなったのだ。
「いなくならないで……下さい……お願い……」
 少し肌蹴た彼の胸板を、涙で濡らして耳を押し付ける。よく鍛えられた筋肉は、杏奈の体温よりも温かいのに、その向こうに聞こえるはずの心臓の音は、やはり聞こえてこない。
 ── 大胆なおなごよ。拙者が生きておったら、そなた、無事では済まなかったぞ。
 先程、櫛で梳いたように、実典が優しく杏奈の髪に指を入れる。彼女の髪から香るこれは、己の時代には無かったな、と僅かに吸い込んで笑うと、そっと杏奈の額に口付けた。
 控えていた祝言を挙げぬまま、許婚の顔も見ずに、家を出て主に従った実典は、若者らしいことを何ひとつせぬまま、この世を去っている。それ故、餞(はなむけ)に臥所(ふしど)で寄り添って欲しいと願い出、杏奈は戸惑いながらも、それを承諾したのだった。

 己は嘘をついたか。ふと、実典はそう自嘲気味に笑う。
 確かに己は、女を抱いたことがなかった。しかし実典とて、花の都に住んでいたうえ、戦国時代にしては長身ということもあり、言い寄るおなごがいなかったわけではない。だがその当時は、女遊びに明け暮れる輩を、実典はたいそう馬鹿にしていて、同じく色恋に熱を上げる女も、奥ゆかしさに欠けると思っていた。生前がそんな調子だった故、思い残したことは何かと自問し、結局おなごの肌が浮かんだのは、紛れもない事実だ。
 だが、こうして杏奈と寄り添っていると、理由はそれだけではないように思えた。そう、己は、亡霊である実典を「男」と意識して恥らう杏奈に、愛おしさを感じているのだ。
 ふと、梳いていた髪ごと杏奈の背を抱いてみる。おなごはふくよかなものと思っていたが、彼女の感触は予想と反して、随分と華奢だった。足が触れ合うと、指先から膝に至る部分は、亡霊である己より余程冷たい。だが、衣越しに裸の胸が当たると、やはりおなごらしい豊かさを感じ、とうの昔に枯れたはずの己の血が、ざわざわと騒ぎだした気がした。

 浴衣越しに杏奈の胸が触れると、実典の胸板が呼吸と共に大きく動き、衝動にかられたように杏奈の帯を握る。が、実典はそれを解くのを躊躇っているのか、そこで手を止めた。
「…………」
 実典の腕の中で顔を上げると、杏奈の目の前には形の良い彼の唇があった。そして、暗闇に慣れてきた杏奈の瞳には、漆黒に映える実典の美しい顔が、徐々に映し出されていく。
 ── …………。
 吸い寄せられるように、互いの唇が重なる。
 その後は、己が何者であるかなど、ふたりは完全に忘れ、口づけを深くしていった。
 そしてその夜、杏奈は恥らいを捨て、実典は躊躇いを捨てた。

 目が覚めたら、杏奈の隣に実典の姿は無かった。あったのは、綺麗に畳まれた浴衣と帯。
 しかし、そこから立ち上る僅かな香(こう)の香りで、それが実典の着ていた物だと、すぐに気付いた。彼が焚き込めていた香が知りたい、そう思いつつ、杏奈はまた泣いた。
 弔ったのだから、いないのは当然だった。それは彼が、成仏出来た証拠。寧ろ喜ぶべきことだとは、勿論頭では分かっている。だが、携帯を見れば、かかってきたはずの彼の着信履歴は無く、昨夜彼が杏奈の胸につけたはずの口付けの痕も、見つけられなかった。
 こうして、彼が確かにここにいた証拠が、誰にも気付かれずに消えてしまうことが、杏奈は悲しくてたまらなかった。寧ろ弔いなんてしなければ、ここでまた会えたかもしれないのに、と後悔すら感じる。
「おはよう、杏奈ぁ。支度できた? 荷物出てないけど、大丈夫?」
 ノックと共に、友達が扉の外で杏奈を呼んだ。時計を見るとバゲージ・ダウンの時間だ。
 朝食後は部屋に戻らず、そのまま集合してホテルを後にする為、バスに預ける荷物を、朝食前に部屋の外に出しておくよう、言われていたのを思い出す。慌てて身支度を整え、荷物を纏めて出ようとした時、鏡の前にある、備え付けのメモ帳が目に入った。
 伝わるかどうかは分からないが、もしかしたら、と思い、ボールペンを手に取る。
 加藤様、と書き出した後、続けたのは杏奈の自宅の住所。一度かけてきたのだから必要無いかと思いつつ、一応僅かな期待をもって、携帯番号とアドレスも書き足しておく。
「早くぅ、食べる時間無くなっちゃうよ」
 ごめんごめん、と扉に駆け寄り、キャスター付きの小さいスーツケースを転がして、扉を開く。おはよう、と友達に声をかけて、荷物を押し出しながら足で扉を押さえると、
「押さえててやる」
 背後から突然、男の声がした。と、思ったら、杏奈の横からスッと白い手が伸びて、閉まる扉を押さえた。目の前で、ぽかんと自分の後ろを見上げる友達の顔に、杏奈はハッと我に返る。仰天して振り返ろうとした時、更に反対から手が出てきて、杏奈の重いスーツケースを軽々と持った若者が、彼女らの脇を擦り抜け、壁の前にストンと下ろした。
「ここでよいか」
 声を喉に詰まらせ、ただコクコクと首を振る杏奈達。それをちょっと面白そうに一瞥すると、これは確かに受け取った、と言って白い紙をひらりと振った実典は、何食わぬ顔でスタスタと廊下を歩いていき、丁度来たエレベータに乗って、下へ降りて行ってしまった。
「だ……誰!? あの超イケメン!! もしかして、昨日の電話の人!?」
 興奮しきる友達の後ろに、よく見ると丁度エレベータホールにやって来た有沙と優翔が、どうやら実典の姿を見ていたらしく、杏奈と彼の乗ったエレベータを交互に見ている。
「そう……かな……?」
 顔も声も、間違いなく実典だった。しかし、明るい場所で、鏡越しでない姿を見たのは初めてだったうえ、着ていた物が今までの和装ではなく、ホテルの浴衣にスリッパという、いかにも宿泊客らしい現代風の姿だったので、杏奈もいまいち自信をもって肯定出来ない。
 だが、後の噂では、あのホテルに悪霊が出ることは、あれから二度と無かったという。
 あぁ、やっぱり彼はあの時、あのホテルを出て行ったんだ、と分かった杏奈は、天を仰いで、また目頭を熱くした。もう二度と会うことはないだろう、そう思って。
 が、後に先祖の墓参りで、杏奈が良縁と思わぬ「再会」を果たすのは、また少し先の話。

-END-

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