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「実典(さねのり)」<中編> [一次創作]

 この作品は、すぴばるメンバー冊子「Under the Sky - すぴわ -」に掲載して頂いた、一次創作小説です。本作品に登場する、実在の地名、人物とは一切関係はありません。あくまでフィクション小説として、お楽しみ下さい。
 尚、「実典(さねのり)」には<前編>がございますので、まだお読みでない方は、こちらからお読み下さい。

「実典」中編.jpg

※お持ち帰りはご遠慮下さい。

<「実典(さねのり)」<中編>の登場人物>
 樋口杏奈(ひぐち あんな)♀…18歳。クラスメイトの優翔に片思いしていた
 大内優翔(ゆうと)♂…18歳。杏奈のクラスメイトで長身のハンサム。
               別の男の影がちらすく杏奈を、気にし始める
 日野有沙(ありさ)♀…18歳。杏奈のクラスメイト。クラスのアイドル的存在。
               クラスで人気のある優翔を杏奈から横取りした
 
 加藤実典(さねのり)♂…没年当時、満二十三歳だった若武者。
                豊臣秀次家臣の部下であった主に仕えていた



『実典(さねのり)』<中編>



 時は戦国。豊臣秀吉により贅を尽くして建てられた聚楽第(じゅらくてい)が、完成して一年を迎えた時のことである。秀吉の甥・秀次(ひでつぐ)の家臣に仕えていた主(あるじ)。その主に仕官していた若武者は、当時、小さな戦で初陣を果たしたばかりだった。
「実典(さねのり)。そなた妹を泣かせたか」
「は?」
 主の屋敷に戻る途中、馬上からそう声をかけられ、若武者 ── 加藤実典は、全く身に覚えのないことに、思わず素っ頓狂な声を挙げた。
「そなたの妹が申しておったわ。聚楽(じゅらく)に召し抱えられたばかりの頃、そなたに呼び戻されて母御前(ははごぜ)の看病を押し付けられ、そのせいで秀次様とのお目見えの機を逃したとな。しかも母御前は、ひと晩眠って直ぐによくなられたと聞いたぞ」
 あの小娘、一年も前のことを掘り返しおって、と実典はいまいましくなった。
 先日、この主が加藤家の屋敷に寄った折、たまたま妹が戻ってきていた。実典のほうは兄の使いで留守にしていたので、おおかた己の話題が出た際に、告げ口でもしたのだろう。
 実典の妹は、兄の嫁方縁者の伝手で、新たに人手を募っていた聚楽第の女中に召し抱えられていた。と言っても、平素は実典同様、重臣以上の者のお目見えが叶うことはない。
 ところがある朝、兄が出かけた後に、実典の母が熱を出した。たまたま家にいた実典はその看病を任されたのだが、熱が下がる気配がなかった為、どうしたものかと妹に使いを出した。妹は以前、医師の屋敷で飯炊きをしていたので、頼るなら早いほうがいいと思ってのことだった。当然慌てて戻ってきた妹は、普段己がしている仕事を、身内の大事と、無理を言って仲間に代わってもらうこととなった。
 だが、それが思わぬ事態を招いた。何と妹の代わりに、御縫い頭の所へとたまたま物を届けに行ったその仲間が、突然気まぐれに現れた秀吉の跡取り・秀次の目に留まり、そのままお手が付いてしまったのだ。しかも運よくその女中は子を孕み、側室の末端に加えられたという。それを聞いた妹は、ひと晩寝て治るような病に呼び戻されたせいで、一生を台無しにされたと、実典にとにかく泣いて怒った。その悔しがり方と言ったら、既に数々の戦働きをこなしていた兄者すら、困り果てて根を上げるほど。元凶の実典に至っては物まで投げつけられる始末で、昔から兄さまは妙な所で自分に関わって、そのせいで何度も損をさせられた、と遥か昔のことまで掘り返されては、また泣かれた。
 おなごとは面倒臭いものよ、と心底呆れたのが、十九の時の話である。

「あなたのその間の悪さは、死んでも治らなかったってことですか。妹さんに同情します」
 ── この小娘が。話の腰を折りよって。まだ続きがあると申すに。
 ほとほとあの生意気な妹に似ておる、と零すとその若武者・加藤実典は眉間に皴を刻む。
 ── その妹の代わりに側室となったおなご、後(のち)に如何な結末を迎えたと思う。
「知りません。私が知るわけないじゃないですか」
 ── そなたの持ち込んだ書物に書かれておる。読んでみよ。
 え? と顔を上げると、テーブルの上に、無造作に置いてあった学生鞄が突然倒れ、空いていた口から日本史の教科書が滑り出てきた。書物ってあれ? と尋ねる杏奈に、実典は瞳だけを動かして、肯定する。恐る恐るテーブルに近付き教科書を手に取ると、何もしていない杏奈の手のひらで、教科書が勝手に開いた。そして、ある一文が目に止まる。
「秀吉は秀次に切腹を命じ、側室とその子供を含む30余人を……処刑した……嘘……」
 秀吉がかねてより寵愛していた側室・淀の方に、待望の男子が生まれた。数多くの側室を抱えても実子に恵まれなかった秀吉は、己の跡目を甥の秀次に譲る段取りでいたが、生まれた我が子可愛さに、秀吉は秀次に謀反の疑いをかけ、罪状を宛がって切腹に追いやった。そして、秀次の側室、侍女、幼い遺児を含む30名余りが、三条河原で殺されたのだ。
 ── もし、子を孕んだのが拙者の妹だったならば、妹は殺されていたやもしれぬ。
 正面のドレッサー鏡を見ると、実典が教科書に視線を落として、悲痛に眉を歪めていた。
「妹さんは……」
 ショックを隠せないまま、杏奈が恐る恐る尋ねると、実典は、
 ── 生憎お目見えの侍女でもなかったのでな、何のお咎めもなく、後、嫁に行った。
 大家(たいか)に嫁いだわけではなかったが、夫に大事にされて子にも恵まれ、幸せな大往生だったらしい、と腕を組んで微笑する。その優しい眼差しは、亡霊でも武者でもなく、ただただ妹を想う、ひとりの兄のそれだった。
 ── まさに塞翁が馬よ。そなたも、これでよかったのやもしれぬぞ。
 その時は災難と思っても、後にあれでよかったと思う日がきっと来る、と実典は言う。
 ── そなたはまだ若い。これから更に徳を積めば、きっと良き夫と巡り会おう。
 いかにも年の近そうな若者に、いい結婚が出来ると言われてもぴんとこないが、それでも確かに、いい男は他にいくらでもいる、と杏奈は段々と気持ちが上向いてきた気がした。
 ── そなた、名は何と申す。
「樋口(ひぐち)杏奈」
 ── 樋口……あの源氏の名家の子孫か。力のあるご先祖殿なら、良縁に恵まれよう。
「名家? そうなんですか?」
 ── そなたは先祖を知れ。墓参りを怠るな。ご先祖殿がそなたを探して迷うておるぞ。
「墓参り……そういえば、何年も行ってない……」
 ── 渡来人と紛うような名であれば尚更だ。変わった名の子孫は、見失い易いものぞ。
「う~ん、そこまで変わってはいないと思うけど……」
 ── ご先祖殿よりも更に後の世を生きた拙者ですら、変わっていると感じるがな。
 先祖とは、往々にして子孫を大事にするもの。だが、弔いに余り顔を見せない者や、自分の子孫とは一瞬分からないような、風変わりな名を付けられた子は、守る相手を先祖が見失う。故に、守護の力が弱まってしまうという。
 ── そなたがご先祖殿に強く守られていたならば、拙者のような者は近付けなんだ。
 そう苦笑し、先程のように杏奈の首に手を添えて、実典は首を絞める真似をする。目の前にあるはずの彼の手は、杏奈の肉眼では見ることは出来ない。それなのに、鏡越しに映る彼は、まるでそこにいるかのように、はっきりと存在していた。そして、杏奈に触れると見せかけながら、悪戯っぽく笑う彼は、妹をわざと怒らせる兄のように、優しい眼差しを杏奈に向けている。鏡の中で、自分を見つめ下ろす彼の横顔。その視線を直接受け止められたら、どんなにいいだろうと思うと、杏奈は何故か心がきゅっとなるのを感じた。そして、鏡ではなく、恐らく彼がいるであろう、何もない空間を、じっと見つめてみる。
「拙者のような者、なんて言わないで下さい。あなたは、悪霊なんかじゃないじゃない」
 その言葉に、実典は形のよい瞳を見開く。
「もし、良縁がご先祖様の力だと言うなら、あなたとこうして出会えたことこそ、ご先祖様の力だと私は思う。だってあなたは、失恋した私を気遣ってくれたじゃないですか」
 やはり彼の反応が気になり、鏡に視線を移すと、実典は両手を杏奈の首の前から力無く下ろし、杏奈を見つめて押し黙ってしまっていた。
「あの……」
 ── ……拙者を……悪霊と呼ばず、しかも、良縁と申したは、そなたが初めてよ。
 嬉しそうに瞳を細めたわりに、実典の微笑が、何故か杏奈には泣き顔のように見えた。
「……だって……守りたいから、守る使命があるから、この場所を守ってるだけでしょ?」
 彼は、無闇に人を襲っているのではない。そう、彼はこの土地の守人として、やるべきことをしているだけなのだ。そうでなければ、こんな心根の優しい人が、人を脅かして追い出すなど、するわけがない。彼は真の怨霊ではなく、単に悪霊の真似事をしているに過ぎない、そう杏奈は思った。そしてそれは、彼自身が一番よく分かっていることだとも。
 ところが当の実典はというと、どうも様子がおかしかった。杏奈の肯定を喜ぶどころか、何故か苦痛に顔を歪めて、まるで何かに迷うように、瞳を左右に揺らしている。
 ── もう休め。
「え……でも、私を追い出したいんじゃ……」
 ── 何もせぬ。年若い娘が、このような時刻まで起きていては肌も悪くしよう。
 顔色の悪いおなごは、良縁に恵まれぬ、そう言い残した彼の声音は、何故かエコーがかかったように曇った。そして踵を返し、実典は鏡の外に姿を消す。あっ、と思って慌てて鏡を覗き込み、部屋全体を見渡したが、その夜、彼が杏奈に姿を見せることはなかった。

 翌朝。観光バスに乗ると、杏奈のすぐ傍の席を陣取っていた日野有沙が、やはり優翔(ゆうと)とひと晩一緒に過ごしたのか、猫撫で声を出して恋人のように彼に絡み付いていた。
「ねぇ安奈、昨日大丈夫だったの? 金縛りとかに遭わなかった?」
 遅れてバスに乗ってきた友人達が、杏奈の隣の席に座るなり、そう心配して声をかける。
「え? あぁ、全然大丈夫だったよ? あんなの迷信じゃない?」
 何となく、優翔達に強がりを言いたくなった半分、実典の名誉を傷つけたくない半分で、杏奈はそう強がって見せた。すると、有沙が斜め後ろから乗り出してきて、
「でも、夜中に部屋の前通った時、樋口さんの話し声がしたけど、あれ、寝言だったの?」
 何となく癪に障る言い方をする。自分を笑い者にしたいのだろうことは分かったが、何の反撃も思いつかず、あれは、と口を開きかけたその時、突然杏奈の携帯が鳴った。
 加藤実典。
 ディスプレイの文字を見て仰天し、杏奈は勢い余って通話ボタンを二度押しする。
『……起きられたか?』
 思いがけずスピーカーホンで彼の声を聞き、杏奈はその大音量に驚いて、咄嗟に耳から携帯を離す。そして、急いで普通通話に切り替えて、も……もしもし? と返した。
『すまぬ。昨夜は随分と遅くまでつき合わせた故な。それよりそなた。今宵また会えるか』
「今夜もですか? 部屋にはいますけど……でも流石に二日続けては寝ちゃいそう……」
 そこで、聞き耳を立てていた隣の友達が、いったい何の単語に反応したのか、顔を見合わせて、きゃぁと興奮を始めた。有沙と近くの席にいた優翔も、こちらを気にしている。
『案ずるな、無理は強いぬ。しからば、今宵』
 そう言って、ぷつりと通話が途絶えた。携帯を切ると、好奇心を剥き出しにした友達が、
「ねぇねぇ、今の誰? 彼氏? もしかして、昨日その人と一緒に過ごしてたの!?」
 と捲くし立てる。彼女らには、好きな人を部屋に呼んだ、としか伝えていなかったから、恐らく勘違いしているのだろう。けれど、もうこの際どうでもいいや、と杏奈は思った。
「予定とは違う人だったんだけど、何か急に部屋に来てくれて……か、彼氏じゃないよ!」
 でも超イケメンそうな声だったじゃん、と舞い上がる友達の傍で、有沙は面白く無さそうに、ぷいと顔を背けて優翔の隣に座る。その優翔も、何故かちらちらと杏奈を見ていた。
 そして、バスのルームミラーとサイドミラーには、高校生の集団の中を擦り抜け、さも面白そうに乗車口からバスを降り、人知れずホテルに戻っていく若武者の姿が映っていた。

「まさか電話をかけてくるとは思わなかった」
 その夜、鏡の前で洗った髪を梳かしていた杏奈は、約束通り現れた背後の人物に笑った。
 ── 実はあの時、そなたらの傍にいたのだがな。一応、助け舟にはなったであろう?
 ふと、櫛が重くなる。見ると鏡の中で実典は、杏奈の手にしていた櫛を止め、梳いてやる、貸せ、と微笑していた。こうして見ると、本当に美しい若武者だ、と思う。
「やっぱり助けてくれたんですね。嬉しかったです。気持ちが凄く、軽くなりました」
 ── それは、実は拙者がそなたに申さねばならぬことだ。
 彼に櫛を任せて、うとうとと睡魔に誘われた杏奈は、え? と眠そうな瞼を持ち上げる。
 ── 昨夜、そなたが申したこと。拙者は今日一日、ずっと考えておった。
「私があなたに言ったこと……ですか?」
 何だろう、と小首を傾げ、もうすっかり失恋から立ち直って、元気になったらしい杏奈を見下ろし、誠おなごとは不思議なものよ、と実典は苦笑した。

「実典(さねのり)<後編>」へ

※↑で文字化けする方(携帯からお読みになる方など)は、カテゴリーから<「一次創作」>→「実典(さねのり)<後編>」へお進み下さい。

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