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「自分に嘘をつく日」<前編> [一次創作]

この作品は、エイプリルフールに因んだオリジナル短編小説です。
登場人物に細かい設定はありません。名前すらありません(笑)
苦手と思っていた物を「好き」と偽るうちに……という前向きなお話です♪
ちょっとした暇つぶしにでも、楽しんで頂けたら幸いです(´∇`)

自分に嘘をつく日(前編).jpg




『自分に嘘をつく日』<前編>



 かねてより想いを寄せていた女から、深夜にメールが来た。
 ── 会いに来ちゃった☆ 玄関、開けて?
 その文面に思わず眉を寄せた。馴れ馴れしい内容と一緒に目に入った受信日時は、4月1日0時2分。呆れとも悲しさとも判別しがたいため息と共に、しばらくメールを眺め、
 ── 無理だな。今、あんたの部屋の下にいるから。行き違いか、残念だ。
 と返信する。当然、嘘だ。
 それからしばらく、携帯は死んだように何の反応も示さなかったが、シャワーから出てくると受信ランプが点いていることに気付き、半ば緊張しながらそれを手に取った。
 読めば、今度ははっきり「怒り」と自覚できるため息が出た。母親から、今玄関の前にいるよ、という、間が悪いとしか言いようのない悪戯メール。こちらに至っては、先ほど以上に神経を逆なでられたので、無視してやった。

 翌朝。出社してまずメールをチェックすると、見ただけで削除したくなるような件名が数件目に入った。中でも一番頭に来たのが、
 ── 悪い。今日休むから、代わりに取引先行ってくれ。
「ざけんな。せめて携帯メールにしろ。てめぇの社用アドレス受信拒否にするぞ」
 斜め向かいにいる同僚からのメール。本文は「引っかかったな(゚∀゚)」。ただでさえ、この手の冗談には苛立ちを覚えるのに、公私混同とくれば血管が切れそうになる。
「悪ぃ。まぁ確かに、半分は悪戯だ」
「半分って何だ」
「実は来週の打ち合わせはマジで代わって欲しいんだ。東海村の現場のホイストがイカれたらしくて、急遽検査が来週に変更になった」
 そう言って同僚が放ってきた指示書には、正真正銘、東海村支社からの、依頼書のファックスが添付されている。
「だったら始めっからそう言えよ」
「だから悪ぃって。お前こういう冗談、馬鹿っ正直に受け取る奴だからさ。俺のメールに、今は立て込んでるから無理だ、って返信してきたら、別の奴に頼もうと思ってよ」
 そう言って同僚は、ギギっと背もたれに体を預け、腕を組んで苦笑する。
「多分……このまま何もなければ大丈夫だ。行ってやる」
 本当に立て込んでいた去年、この同僚にはずいぶんと世話になった恩がある。元々そういう気配りが行き届く男で、社内の信頼も厚い。トラブルが起こった現場なら、尚更この男が行ったほうがいいだろう。
「ありがてぇ。でも今日くらい、嘘ついてもいいのによ。無理に決まってんだろ、ってな」
「行ける、ってのが嘘だったりしてな」
「おぃおぃ、そういう仕返しかよ」
 どっちが本当か図りかねたのか、わずかに焦りが滲む、引きつった同僚の笑顔に、
「今日の打ち合わせの時、先方の担当者に、来週は俺が行くって、これを渡しといてくれ」
 と自分の名刺を差し出した。

 どうしたものか、と専務とスケジュールボードを睨むこと数回。既に外出してしまった同僚は、もう先方に自分の名刺を渡してしまっている頃で、今更、やはり代わるのは無理だ、という連絡はできそうになかった。取引先で彼に恥をかかせるわけにはいかない。
 自分の抱える現場から、昨日の悪天候で施工計画が狂った、という連絡を受けたのは、今日の午後。何故朝一でそれを言ってこなかった、と苦情を言いたかったが、非は連絡してきた社員ではなく、下請け業者にあったというから、憤りは何処にもぶつけようがない。
「どうしようもないな。お前、大丈夫か? 散々だな、全く」
「……そうですね」
「悪いな、俺も今いっぱいいっぱいで、すぐには手伝ってやれそうになくて……」
「いえ、俺は大丈夫ですから……ありがとうございます」
 正直なところ、全く大丈夫ではない。皮肉にも今日、こんな嘘をつくはめになるとは。
「すまないな。少し、一服してくるといい。今なら喫煙所も空いてるだろ。その間の電話番は引き受けてやる。どうせ残業になってしまうんだから、今のうちに行って来なさい」

 専務の労わりの眼差しを受け、実は禁煙しました、とも言えず、缶コーヒーを買ってビルの中庭のベンチに腰掛けた。
 禁煙したのは、彼女がタバコの煙をあまり好きではないと知ったから。
 ところが、ニコチン漬けというほどでもなかったはずなのに、禁煙は思いのほかきつかった。自分よりもヘビースモーカーだった同僚が、嫁の妊娠がきっかけとはいえ、どうしてあぁもあっさりと止められたのか、不思議でならない。元々意思の強さが違うのか、それとも人生の充実度が違うのか。
 ── 会いに来ちゃった☆ 玄関開けて?
 本気で言ってほしい言葉を、嘘をつく日に言われた自分は、確かに潤った人生とは言えない。挙句今日は、大丈夫ではないことを、大丈夫です、とまるで自分に言い聞かせるかの如くひたすら返答し、結果地獄の残業が確定した。恐らく、日付が変わるまで帰れない。
 今日という日ほど、自分にとって残酷なイベントはないだろう。
「そんなことで電話してくんなって、お袋に言っといてくれ」
 ふと見ると、同じく残業前の一服か、同年代のサラリーマンが携帯を首と肩に挟んでタバコを吸っている。彼が携帯灰皿に落とす小さな火を、何となく目で追ううちに、今日くらい吸っちまうか、と誘惑にかられる。
「何だよ、親父もやられたのか。あぁ、そうだよ。仕事中に悪戯に付き合えるかってんだ」
 そう悪態をつくも、しょうがねぇなと苦笑する彼の話に、自分の母親から来た昨夜のメールを思い出す。何処の親も一緒か、と思わず口元が綻び、そういやいつから話してないか、と記憶を辿る。最後に会ったのが正月で、昨日がそれ以来のやりとり。そのメールに対して今現在まで、完全無視をきめこんでいるのだから、少し母親が気の毒に思えてきた。
 ── 留守で悪かったな。もうすぐ結婚するから、最近自宅に帰ってないんだ。
 明らかに嘘と分かる、しかも突拍子もない内容のメールを送信する。それでも、元気にしてる、心配すんな、という「真実」も一緒に伝わるはず。あの親なら、ずっと連絡をよこさなかった息子の、久々のリアクション自体を、きっと喜んでくれるだろう。
 送信しました、の画面から通常の待ち受けに戻すと、休憩がもうすぐ終わる時刻が表示されていた。
 定時を過ぎれば女子社員が帰ってしまう。残業中に飲む物を調達していこうと、売店で再びコーヒーに手を伸ばし、そこでカフェインレスのブレンド茶に指を移した。これ以上この時間からコーヒーを飲めば、夜眠れなくなるだろう。だが、飲みたいものを我慢するのではない、こちらに興味を持ったのだ、とこっそり自分に嘘をついて、会計を済ませる。
 エレベーターを待つ間、キャップを開け、ひとくちだけ飲んでみると、ハト麦のほのかな香りが鼻腔を泳いだ。懐かしい、夏休みのような香り。
 これにしてよかった、ともう一度ラベルに視線を落とした。

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